昭和の5年生日記|少年野球・合奏練習・ 四国から来た叔父

80’s日記

本ページはプロモーションが含まれています

スポンサーリンク
スポンサーリンク

キャプテン翼に憧れサッカーに夢中だった野球少年

80’s日記 2月23日 

最後のいてほしい、無理矢理ねじ込みましたね

今日学校でプロジェクトAの合奏の練習をした。僕は小太鼓とても難しかった。大分わかるようになった。
帰ってから○ちゃんと野球に行った。サッカーなどをして面白かった。
帰るとかずちゃんがいた。かずちゃんと将棋をした。2勝1敗だった。お風呂で海の話をかずちゃんとした。とても面白かった。
それからかずちゃんの煙草を買いに行った。かずちゃんはまだ居てほしい。

6年生を送る会の合奏練習

学校では6年生を送る会の合奏練習初日だったようです。
この日は楽譜が配られ模範演奏をラジカセで聴いた後、それぞれのパートごとに分かれて先生が順番に回って指導する授業内容でした。

とても難しかったとありますが、小太鼓は曲の全体のリズムやスピードを司り、ペースの変化に細かく刻む箇所や強弱等、求められるスキルの高さに呆然としました。

「 バチを連打して大きなを出す派手でカッコいい楽器」安易な志望動機だった私は、先生のマンツーマン指導後、結構不安になっていました。
大分わかるようになったとありますが、正直なところ椅子から立ち上がり身を乗り出し挙手した右手を更に振りながらハイ!の連呼で立候補したあの日の自分を悔いておりました。

今では土曜日も休みの小学校ですが、この時代は昼まで4時間授業がありました。

少年野球チームでサッカー練習

昼から所属していた少年野球チームの練習に行っています。
この頃は子供も少年野球のチーム数も多く、同じ学年内で違うチームに所属している友達も沢山いました。
基本学校前に朝練があり、土日には練習や試合がありました。

サッカーチームはまだ近くにありませんでしたが、当時週刊少年ジャンプで人気連載していた『 キャプテン翼 』の影響を受けて野球もせずにサッカーしてたようです。
当時のぱぴりすはオーバーヘッドキックとヒールリフトの習得に励む日々でした。

四国から来ていた叔父

家に帰ると四国から叔父が来ていたようです。
毎年夏休みに祖父母と叔父達が住む四国に長期滞在するのがとても楽しみでした。

山に囲まれた母の実家は、長い階段を降りると目の前は海。日焼けで真っ黒になりながら、毎日海水浴や虫取りを思う存分満喫しました。

この綺麗な四国の海で水泳を教え鍛えてくれたのも、「 10メートル泳げるようになったら買うちゃるきん 」泳げもしない私が欲しがった水中眼鏡を買ってくれたのもかずちゃんでした。

この日も叔父に将棋の相手をしてもらったり、風呂ではしゃいだりと楽しい時間を過ごしたようです。
風呂上がりに出掛ける事も珍しく、新鮮で嬉しかったのを覚えています。

さて・・・今日も色々ありました。ありがとうございました。